|
ビジネスの武器としての経済学入門 > 講義ノート目次>財政の役割と仕組み |
「現代日本経済論」レジュメ(第11回講義使用)12.10.14教科書第5章「高齢化時代の財政」
II.歴史・理論を学ぶ(P.200)
1.財政の役割と仕組み
「財政の3機能」とは?
国は、以下に述べるように、民間の自由な経済活動に任せておいたのではうまくいかないが、国民一人一人にとっては不可欠な機能や、貧富の格差をなくしたり、景気対策を行うなどの経済的な機能を果たしている。これを財政面の特色に注目して整理した区分。
(1)資源配分機能(公共財の提供)
国防、外交や警察のように民間ではできない機能や、道路、公園、治山など誰も自分で対価を払おうとしないため商売にならず、民間企業(市場メカニズム)に任せておいたのでは、わずかに、もしくは全く供給されなかったりするサービスを提供する。
上記の機能や分野は「公共財」と呼ばれ、(普通の財やサービスが一人に消費されるとその時点で他の人は利用できなくなるのに対して)共同の利用やただ乗りが可能な財・サービスである。このような性質を持つ財・サービスは民間に任せておくと値段がつかない(誰も自分でお金を出して購入しようとしない=需要がない)ために供給が不足する性質がある。
(2)所得の再分配機能(貧富の格差の是正)
低所得層に高所得層から、所得の一定金額を移転すること。
・政府の収入面(税収):租税政策
現在の先進国では、所得が大きければ大きいほど、所得税率が高くなる累進課税を取っている。ただし、最近では低所得の給与所得者の2割程度が全く所得税を納めていない(課税最低限は夫婦、子供2人の標準世帯の給与所得者で400万円弱。また、パートタイマーについても、当然税額は低い。)ことなど、あまりに低所得者を優遇しているのではないかという批判がある。また、累進課税は財政錯覚の問題(後述)を呼ぶ可能性が強い。
・政府の支出面(財政):
高額所得者から多く取った税金を社会保障や、教育費を通じて低所得者層に多く配分する。また、公共投資による社会資本の供給も、同様である。
(3)景気調節機能
・「自動安定化機能」(ビルトイン・スタビライザー)
所得税の累進課税が代表的である。景気が悪くなると個人の所得が落ちるが、収入が多ければ多いほど課される税率が上昇する累進課税の下で、所得の減少の割合以上に、所得税の納税金額の減少する割合が大きくなる。景気の良い時期は逆で、所得の増加した割合以上に、所得税の増加する割合が大きい。その結果、所得税を引かれたあとの個人の所得は、課税前の金額と比較して安定する。また、景気を安定化させる機能があるため、自動安定化機能と呼ばれる。
・「裁量的経済政策」(フィスカル・ポリシー)
不況になると、政府が(減税や)公共事業を行い、また、景気が良くなりすぎて物価が上昇するなどの悪影響が出てきそうになると、(増税したり)公共事業を抑制したりして行き過ぎを防ぐ政策。
公共投資を行うことで景気に良い影響を与えることができるというケインズ経済学の考え方が背後にある政策である。
この政策が有効であるとするケインジアン(ケインズ経済学を正しいとする経済学者)と、長期的には無効であるとするマネタリスト、まったく無効であるとする合理的期待形成学派の一大論争を起こしている。(次項参照)
3.財政政策のあらまし
ここでは、景気調整に財政支出を行うことが有効かどうか、また、副作用がないかどうかについて考える。
(1)古典派の財政理論(資源配分機能に限定)
古典派によれば、商品の過剰な供給があれば価格メカニズムにより、その商品の価格が下がり、下がったことにより需要を呼び、最終的には供給過剰が解消されるというメカニズムを前提として、経済全体は需給メカニズムに任せておけば自動的に望ましい状態に達すると考える。そのため、国の役割は、景気対策や社会福祉的なことはほとんど行わず、国防、司法警察などに限定すべきだと考えた。
国の財政に関しても、家庭のやりくりと同じと考え、借金に当たる国債などは発行せずに「健全に」運営していくべきだと考える理論。
不況になっても、景気が過熱しても政府は特にそれに対応しないという考え方であり、既に否定された考え方である。
(2)ケインズの財政理論(景気調節機能にも重点)
ケインズ経済学によれば、供給過剰があっても、価格の下方硬直性があるために、商品の価格は下がらず、需要は増えず、そのままでは供給過剰が解消されないとして、経済は、古典派の主張するようには自動的に望ましい状態には達しないと考える。現実に不況や恐慌という状態があり、これに政府は対応すべきであり、そのため、不況期には、特に新たな財政支出を行い、有効需要を追加することが必要であると考えた。
その内容は、不況期には国債を発行するなどして政府自らの手で公共事業を行い、失業者などを減らし、経済全体に需要を増やすべきだとする。すなわち裁量的経済政策により総需要を管理する政策である。現在の我が国の政策の基本的スタンスはこれである。諸外国には、公共投資を景気対策としては採用していない国が多い。
(1)、(2)は対立する考え方であり、非常に長い期間を考えれば、古典派のいうように価格メカニズムは働くが、短期的にはケインズ派のいうように恐慌や不況が存在する。
(3)国債発行による財政刺激策批判
先の古典派の考え方はケインズ経済学の登場により否定されたが、最近、基本的には古典派と同様の発想からのケインズ経済学への批判も強い。
・ミルトン・フリードマン等の「マネタリスト」によれば、財政支出を増加させてもそれだけでは短期的な効果しかなく、長期的には需要は増加しないと批判した。
何を短期的、長期的と考えるかに問題がある。仮に半年効果が続けば十分という場合も考えられる。現在は必ずしも支持されていない考え方である。
・「合理的期待形成学派」は、人間個々人は判断に誤りがあるが、社会全体としてみると、その判断は正しく、そのため、将来に関する期待、予測が社会全体で平均的に見れば正しいとする考えである。
この考えによると、現在公共事業を行うために、国債を出すことは、その償還のために将来増税されるということが明らかである。すると、将来増税されるのだから、そのために備えて貯蓄をしておかなければならないということになる。このことにより、現在の公共事業の効果が全く現れなくなるとする考え方。(公債の中立命題)
これは理論的には正しい考え方で、研究の方針としてはさまざまな経済理論で有効だが、現実に公共投資は景気回復に効果があるという実証研究がある。
・ 「フィスカル・イルージョン(財政錯覚)の問題」 fiscal illusion
財政の負担が、公平な課税の形で行われれば納税しているものが負担していることがすぐに分かるが、一方、財政の負担が国債などの公債の形で行われた場合、誰が実際に負担しているのか(将来負担するのか)が明確ではない。例えば、タバコ税が増税された場合、負担者は喫煙者であることは簡単にわかる。そのため、直ちに過剰な負担は拒否されるが、国債の発行の場合は、誰が負担するのか将来償還されるときにならないとわからない。このため、国債発行は国民に負担感を与えない。しかし、実際には、将来必ず償還しなくてはならないため、負担は存在し、負担感がないことは単なる錯覚である。この錯覚をフィスカル・イルージョン(財政錯覚)と呼ぶ。
家計にたとえると、ちょうど、クレジットカードで買い物をしていると自分で払わなくてすむような錯覚に陥り、ついつい無駄遣いしてしまう心理に似ている。
政府の支出が、そのかなりの部分が税金ではなく国債の発行によってまかなわれる場合、上記のフィスカル・イルージョンがあるため、国民の側に負担感がほとんどなく、その結果不要な支出まで行われる可能性が強くなる。また、最近の政府は、公共財のみならず医療、教育など市場メカニズムによっても供給できるものをも無料もしくは安価に提供しているが、このような場合には特に公共部門が過剰に供給してしまう可能性が強い。これらのことにより、政府の支出は必要以上に膨張する可能性がある。また累進課税のある場合にも、低所得層には税の負担感がないため似たような問題が生じる可能性がある。
(4)ブキャナンやワグナーによる政治経済学的批判
議会制民主主義の元では、政治家は選挙民のご機嫌取りのために、特に自分の選挙区に対してばら撒き財政におちいりがちである。これはすべての政治家に起こり勝ちのことであるので、均衡財政を保つことが大切であるという考え方である。
また、特に地方での公共投資など莫大な金額をかけて建設してもほとんど利用されていない港湾、農道などが多く、公共投資が全く無駄になっているという批判も強い。
⇒確かに、以上指摘された問題は重要であるが、だからといって景気対策を行わないわけにはいかない。
講義に対する疑問、希望、意見などがあれば遠慮なく毎回のアンケートや電子メールで連絡してください。講義の中でお答えします。
|